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2014.01.06

Vol.21 【山手/本牧/根岸・現代】山手と港町、異なる風土のコントラストが独特の雰囲気を醸し出す住宅街に

高級住宅街としてだけでなく、文教地区としても有名な山手

横浜山手聖公会

横浜山手聖公会

現在の山手地区は横浜を代表する高級住宅街として名を馳せています。住宅地として山手が使われるのは大きく2つのケースに分かれており、ひとつは中区山手町を指す言葉として、もうひとつはJR根岸線山手駅を最寄りとする一帯を指す言葉として用いられています。駅前から住宅街が形成されているため、高台といっても駅へ容易にアクセスできるエリアが多く、この点も人気の理由のひとつです。また、この一帯は横浜有数の文教地区となっており、フェリス女学院、横浜共立学園、横浜集葉、聖光学院などがあります。また、インターナショナルスクールも複数あります。

戦後、工業化と宅地化が同時に進んだ根岸。競馬場は総合公園に

港の見える丘公園

港の見える丘公園

現在の根岸地区はエリアによってコントラストのある街となっています。海側は1960(昭和35)年ごろから根岸湾の埋め立て工事が行なわれ、現在は一大工業地帯となっています。一方で丘陵地は1964(昭和39)年に根岸線が開通して以来、宅地開発が進み、閑静な住宅街が形成されています。また戦前までレースが行なわれていた根岸競馬場は、1977(昭和52)年に根岸森林公園として生まれ変わりました。園内には日本中央競馬会の施設である馬の博物館をはじめ、遊歩道、桜並木が整備され、山下公園、港の見える丘公園と並んで市を代表する公園のひとつとなっています。

戦後、長らく米軍に接収された本牧。現在は穏やかな住宅街に

現在の本牧は鉄道駅がない自動車中心の住宅街となっています。戦後1945(昭和20)年から1982(昭和57)年にかけて多くの地を在日米軍が接収していたため、今なおアメリカ文化の名残を感じることができます。米軍の接収が終わり、返還された土地の一部には1989(平成元)年、大型の商業施設であるマイカル本牧がオープンしました。当時は銀座や渋谷に勝るとも劣らない世界のブランドが出店するなど活況を呈しましたが、長引く不況の影響もあって2011(平成23)年に閉店します。その後、跡地にはイオン本牧店がオープンしました。現在、本牧は埠頭などを除けば穏やかな住宅街が広がるエリアとなっています。商業施設の他、公園も多いため、多くのファミリーが生活を営んでいます。

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